Lovers' Night 2
「ところで明日、ホワイトデイだってご存じでしたか?」
シャワーを浴びて戻ってきた桜井透也がそう尋ねると、ナイトランプを灯りに傍らで本を読んでいた穂高櫂がこちらを振り返った。
「――そういう習慣があるのは知っている」
「そう、ですか」
どこかがっかりしたような風情の透也を見て、穂高は口元を綻ばせる。するとその美貌にどこか傲慢さを秘めた、それでも十二分に美しい笑みが浮かび、透也はいつも見惚れてしまうのだ。
「そんな話題を持ち出すということは、君はホワイトデイのプレゼントが欲しいのか?」
鼓膜をくすぐるやわらかな低音は、どれほど長く聞いていても飽きることのない不思議な魅力を持っている。
「いえ、そういうわけではありません」
ただ、ヴァレンタインに送られてきたあの膨大なチョコレートをどうしたのだろうか、とその処分方法はかなり気になった。透也が運んだものだけでも段ボールに数箱分だったが、他社からもきっと、どっさりと送られてきていることだろう。
「あのチョコレートをどうなさったのかと」
「そのあたりは俺の関知するところじゃない」
穂高はじつに素っ気なく肩を竦め、そして手を伸ばして透也の頬を撫でる。
「だいたい、お返しをするなら君のほうだろう。ヴァレンタインには君に望みのものをあげた気がするが」
「でも……あれは……」
穂高の部屋にチョコレートを持ってきたお礼が欲しくて、キスを強請ってみただけだ。そのあとの展開が予想できなかったわけではないが、それでも。
心も躰もとろとろに溶かされて、いつもよりずっと恥ずかしいことを口にしてしまったあの晩のことを思い出して、透也はわずかに赤面した。
「お返しをもらおうか」
「ちょっと……」
身を起こした穂高に改めて組み敷かれて、透也は狼狽した。
だって。
至近で穂高の美貌を見られるのは嬉しいのだが、これ以上されたら本当に、明日は立てそうにない。
「あの、明日は打ち合わせがあるから、今夜はもう……これ以上は無理です……!」
なんとかそれだけを言ってみたものの、穂高はかえって可笑しそうに笑うだけだった。
首筋に唇を押し当て、彼は低い声で囁く。
「試してみなければわからないだろう」
「も…うっ、…何度も試したじゃないですか…っ……!」
軽く首筋を吸われただけで、まるで条件反射のように躰の芯が疼き、吐息が乱れてしまう。
そのたびに透也は有給休暇を取ったりして、仕事には支障を来していないものの、自分の体力の限界くらい思い知らされた。
「だったら俺は大丈夫だ。心配することはない」
深い色を帯びた穂高のまなざしが透也の瞳を見つめ、そして優しげに唇を寄せる。
もう、それだけで。
とろとろに溶けていく透也のことを知らぬわけではないだろうに。
「俺が、ダメな…ん、……」
頑なに透也が抵抗するのを見て、穂高は仕方がないな、とでも言いたげに笑う。
「じゃあ、代わりにべつのものをもらおう」
「先生は何が欲しいんですか……?」
ごく自然に透也が問えば、穂高は口元をそっと綻ばせる。
「君からのキスを」
控えめな口調で耳打ちされて、透也は目を瞠った。
「キスって……それだけ、ですか?」
「そう。それだけで十分だよ」
「先生は、ずるい……」
ずるい。
キスをすればその先を求めずにはいられない、透也の性根を知っているくせに。
それでも愛しい相手のささやかな願いを拒むことなどできず、透也は穂高の背中に腕を回し、彼を引き寄せるように唇を寄せる。
「ん、んっ……」
薄く開いた唇から忍び込んだ舌を絡められて口腔を探られば、自然と躰が溶けてきてしまう。
覆い被さってきた躰は少し重いが、唇が触れているあいだはもう何も気にならない。
このキスの甘さを、穂高は何に喩えるのだろう。それを知りたいような恥ずかしいような、そんな曖昧な感情に透也の心は満たされた。
END
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